中野信子氏に学ぶ「努力が不要である理由」

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この記事は『堀尾正明+PLUS』(TBSラジオ)内の「中野信子の、人生を変える脳の使い方」というコーナーの脳科学中野信子氏の意見等を要約した記事です。

 

 

<努力が不要である理由>

 

中野信子氏が伝えたいことは、努力が不要であるというより、無駄な努力をしてる人が多すぎるので、正しい努力をしましょうということです。見返りを求めて努力を重ねていると、その結果、なんの見返りも得られなかった時に、努力した人はすごく人を恨むようになります。そういうのをやめましょうということ。滅私奉公のように努力して達成するのではなく、自分にとってその努力は楽しいものであり、その道を歩いていること自体が楽しいという風に思って欲しい。

 

例えば金メダル取りたいと言ってすごい辛い道を歩んだとします。だけど銅メダルで終わってしまったら、すごい悲しいことでしょう。そのスポーツが好きで練習できることが楽しいと思っていたら、金メダルとから銅メダルとかどうでもいいはず。銅メダルをとれたとしたら、その楽しい結果のおまけとして銅メダルがついてくる訳ですから、こんなにいいことはない。

 

また、自分が届くところはどこなのかを知るのが大事だと説く中野氏。

 

月に行きたい人が、月までの距離が38万kmあると聞いた途端に38万km地球の上を歩き出すのはずれた努力です。いくら地球の上を38万km歩いたところで月には絶対届かない。

 

本当に月に行きたいと思ったら歩き始めることじゃなくて、ロケットに乗る努力が必要です。つまり、努力をする際に手段を間違えてはいけないのです。

 

しかし、手段を間違えていたとしても月に向かってる人は「でも歩いてる中で誰々さんに出会えたからいいや」とかそうやって自分を慰める人がいる。そういうのはバカバカしいことであり、そういう人は搾取されてしまうのです。

 

例えば、あなたはお布施が足りないから目的が達成しなかったとか、努力が足りないとかだとか理由ををつけて、タダ働きをさせられてしまうとか、そういう目にあいかねない。ブラック企業がその典型的な例と言えるでしょう。そうやって搾取される前に、自分が本当に何をしたかったのかを分析することと、自分が何ができるのかということをもっと知ることが大切。

 

 

<努力が不要である理由3つ>

 

 

努力が不要である理由①

<努力が報われるのは半分本当>

 

努力が報われるのは半分本当であるが、半分は美しい嘘。報われる努力をしようというのが中野氏の持論。ある程度才能というのは遺伝的に決まってしまっています。

今からウサイン・ボルトになりたいと思っても、それは絶対に無理でしょう。これまでのスポーツ経験もないし、そこまでの筋肉も持っていない。そういう人はいくら走りこんだとしてもあそこまで早く走ることはできない。

 

つまり、自分の持っている才能というのを、あらかじめ知って、何ができるのかとわかった上で、じゃあこれをやろうという努力をすべき。手の届くのはどこかを知ることかを知ることこそが本当の努力と言えるでしょう。

 

ちなみに、できないことはどうカバーするか?それはできる人に任せるという形でカバーすればいいのです。そのために言葉とかコミュニケーションが発達してきました。自分だけで全部やろうというのが間違い。できる人に任せた方がいいのです。

 

努力が不要である理由②

<日本人はセロトニンが少ない>

 

日本人はセロトニンが少ないです。セロトニンが少ないと不安になりやすくなります。

 

正確に言うとトランスポーターというと脳内の物質。それはセロトニンをいっぱい出してもう一回リサイクルしてくれるものなんですが、これが少ない。

 

これが少ないと人から努力が足りないとか言われると、努力しなければと不安になってしまったり、後は我慢して我慢して不条理に耐えて、いきなり切れるということになってしまったりします。また、日本人はそのため自分を痛めつける努力中毒という状態になってしまったりします。

 

増やすにはセロトニンの原料になる物質を摂取しないといけません。バナナや肉がよいそうです。

 

努力が不要な理由③

<長寿の秘訣は戦わないこと、無駄な努力をしないこと>

 

長生きした人は、自分の生活をどう楽しむかということをに、時間を費やしていたようです。

 

ちなみに、ほとんどの生物の目的は生き延びることや子孫を残すこと、しかし人間だけはそうではありません。一花咲かせようみたいな欲求があります。これはすごい特異的で、本当は生き延びて生殖するために脳はできてるはずなのに、脳が発達しすぎたために一花咲かそうが出てきてしまった。

 

こういう一花咲かせようという願望を落ち着けた方がいいのか、それとも生存と生殖を忘れてもそっちをやった方がいいのか、まだ中野氏も結論が出ていないそうです。